本当に最後の忠告です。
これ以上スクロールしないで下さい。



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どうしてもスクロールするのでしたら、以下の初めの約束を思い出してください。



これより先に進み、あなた自身が不快な思いをされたりその他何かが
あなたの身に起こったとしてもそれは、押してはいけないという
忠告を無視してこの先に進むことを自ら選択された、
あなた自身の『自己責任』として、管理人には一切苦情文句等を
言わないこととしますか?





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あなたはここまで来たカウンター003人目の訪問者です。

イワオヌプリ登山でくじいた、オイラの腫れ上がった左足画像
内出血もひどい
2005年8月15日の苫小牧→大洗の帰りフェリーの中で撮影

左足外側 左足 上から 左足内側

 そして屈辱の左足ギプス&松葉杖生活に

左足ギプス

【イワオヌプリでの左足首けが、その後ストーリー(遊びの代償)】


 上の内出血してて腫れあがった左足の写真は、05年8月15日(月)に、苫小牧発のフェリーの部屋で撮影したものです。これがイワオヌプリ山登り中に、くじいて腫れあがったものです。足全体が内出血して腫れています。

 このように腫れあがって気持ち悪い写真なので、「こんなもん見せやがって」と、皆様が気持ち悪い思いをしてもいけないのでこのように、これを見たのは自己責任という仕掛けにいたしました。


 怪我のその後ですが、8月14日のイワオヌプリ登山中に怪我をして、激痛がひどかったのですが、下山するとともに痛みがおさまり、その後歩いたりバイクの運転をすることもできるようになってきたので8月15日、16日とそのまま過ごしたのはツーレポにも書いたとおりです。 そして8月17日(水) 夏休みも空けて会社に出勤する朝、家を出る時に通勤靴を履こうとしたら、??左足がこのように腫れてたので靴がなかなか入らん! イテテテテとなりながら無理くり足を押し込んで出勤する。 電車通勤だが、階段の上り下りや歩きは特に問題なくこなして出社。 会社での朝のラジオ体操時、重心を預けるとやっぱちょっと痛いなぁと思った。 そして念のため午前中都内の病院に行く。


 病院で先生に状況を説明。そして足を見せると、「あーだいぶ腫れてるねー。レントゲンを撮ろう。じゃあ車椅子でレントゲン室まで行って下さい」 と言われて、「ぬぅわにぃー!車椅子?歩けるし、そんなもん乗れるか!」 と思い、 「歩けるので歩いて行きます」 と先生に言う。 すると先生は、 うーん、そうですか・・・でも歩かせたくない足だなぁ・・・と怪訝そうな顔をしながら言った。 結局自分で歩いてレントゲン室まで行く。(たいした距離ではない) そしてレントゲン撮影後にまた先生の診断を受けると、「左足外側のくるぶしの骨がが折れてる、要は骨折だね」 と言われ、「え゛ーっ!」 と叫んでしまった。 先生に、「そんなさけばなくていい」 と言われてしまった。 「だいたい8月14日にこうなって、病院に来たのが8月17日というのが、遅すぎ、ほうっておきすぎ」 とも言われた。 だって、たいして痛くなくなって、歩けるようになったんだもん・・・とは言わなかった。 また、靭帯も伸びている可能性があるとのこと。歩けるようにはなるだろうが将来的に痛みが残る可能性もあるとのこと・・・。 そしてギプス室に移り、そのままギプスを巻かれ、屈辱の松葉杖生活となってしまったのだった。 まさか折れていたとは・・・。そういえば転倒したときに、左足首あたりが、グキッと音がしていたわ・・・。 会社に帰るとみんな驚かれた。 ほんとにみっともない。 決して危険なことをしてこうなったわけではない。 イワオヌプリは誰でも勘単に登れる山だ。 実際、5才児の崚くんでさえ、無事に登って帰ってきている。 しかしそんな山で怪我をしたということは、逆に情けないということか・・・。 なさけない、体力がない、にぶい、もう年だ、などなど、どんな批判でも甘んじて受けるしかない。


 今現在、松葉杖生活2週間を超えた。腫れは以前よりは引いてきた。まだ少し腫れているが。 しかし骨はなかなかくっつかない。腕とか足の太い骨なら固定していれば割とくっつきやすいのだが、でっぱっているくるぶしのような小さな骨はくっつきにくいそうだ。 最低でも5〜6週間、もしかしたらギプスが取れるまで2ヶ月以上かかるかもしれないとのこと。そして、ギプスが取れた後も、間接部をギプスで固定していると、動かなくなってしまうため、動かせるようにするために、リハビリが必要だそうだ。 だから、完治するまで2ヶ月前後は必要だ。 よって今季のツーリングはもはや絶望的と、まさに巨人 清原状態になってしまったのだった。今まで骨折などしたことなく、たいした怪我も病気もしたことがなかったので、これが今までの人生で最大の大怪我であった。


 何とか早くくっついてほしいものだ。 この松葉杖&ギプスの生活はほんとに不便。 現在通勤時は、最寄の駅に親に車で毎日送り迎えしてもらっている。 そしてオイラ営業なので客先に行くのも一苦労。 それによく会っている人なら、いやーけがしちゃいましてーでもいいが、初対面の人に対しては困る。先週末も初めて会うお客さんにこの格好で会って冷や汗ものだった。ほんとに困ったもんだ。 しかし松葉杖の扱い、動きには結構慣れた。 歩行スピードもかなり速くなったし、小技をきかせた細かい動きや身のこなしもお手のものになって、ちょっと味をしめてきた・・・。 でもほんとに早くこの松葉杖&ギプス生活から脱したい!と思う今日この頃である。 でも、こうはなってしまったが、決して後悔していない。 だって北海道はザ・グレーテストでとても楽しかったし、イワオヌプリから見えたニセコの山々は全てが美しく、まさに全てが、ザ・グレーテスト!だったからだ。 イワオヌプリの登山で味をしめて、登山にはまりそうな予感・・・。 でもこの足が治って、山登りできるようになるかどうかはまだわからない。靭帯が伸びていると、踏ん張りが利かなくなるらしい・・・。 が、いつかは必ず行くぞ!北アルプスの登山銀座ストリート! (終わり)

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 【骨折後、3ヶ月経過】

2005年11月18日(金)のレントゲン写真


3ヶ月経過写真3ヶ月経過写真 拡大
足のむくみ 05年11月19日





 【 ←左写真 05年11月19日撮影 】

 このように怪我してる左足の足首方が、正常な右足の
 1.5倍くらい太いのがわかる。むくんでいるため。
 細い右足のほうが、怪我をしてない【正常な】足だ。
 ギプス松葉杖で細くなったのではない。太い方が怪我してる足。

 もう3ヶ月もたつが、なかなか腫れは引かない。

 右足は筋や血管が見えるのに、左足はむくんでいるため
 何も見えない。湿布をつけてかぶれて肌が荒れている。















【今までの経過】


【1】 8月14日〜

8月14日に北海道で骨折。

8月17日に、病院に行き、レントゲン撮影で骨折してることがわかり、その場でギプスを巻かれて松葉杖生活になる。
ギプスは、石膏ではなく、まず足にサポーターを巻いてその上から、包帯をぐるぐる巻いて、その包帯を水で濡らしてゴシゴシこすると、カーッと熱を持って、固まっておしまい。これには驚いた。このようなギプスなので、重たくないし、通気性もあるのか、まだ暑いのにかゆくなったりしなかった。

松葉杖は初め慣れなくて苦労した。だが2〜3週目くらいで慣れて、初めは駅から会社まで、途中1回休憩しないと行けなかったが、ノンストップで休まず余裕でいけるようになる。松葉杖なので、最寄り駅へは父親が毎朝車で送迎してくれた。


初め2〜3週間くらいは、夜寝て、朝に起きて立ち上がると、骨折してる左足に、血が降りていくのだが、そのときに結構な痛みがあった。じわ〜っ、と痛みがわいてきて、いってぇ〜!いってぇーよぉー!うぉー!ってな感じ。
でもその痛みは確か4週目あたりからなくなってきた。 だがその痛みが無くなったかわりに今度は足がむくむようになる。
骨折により、もともと腫れていたのが、ほんの少しではあるが腫れが引いて、朝起きると細くなって、ギプスもゆるいのだが、夕方になるとパンパンにむくんでギプスがきつくなる。


【2】 9月14日〜

1ヶ月と1週間たって、ギプスをはずして当て木にする。今まではギプス&松葉杖、これからは、当て木で固定&松葉杖。
だが決して状態がよくなったからというわけではない。朝起きると血が降りるための痛みはあったがそれもなくなり、もともと骨折箇所の痛みは特に無いため当て木にしただけ。手術をして早く治したいと言うが、骨折の手術というのは、このまま自然固定だと骨が曲がってくっついてしまう場合などに行なうもので、オイラのように曲がってない場合は手術を行なわないとのことだった。

相変わらず夕方になるとむくんで足がパンパンに膨らむ。だが家の中だけは足をついて重心を少しだけあずけて歩くようにする。

9月末頃の診察でレントゲンを撮るが、骨折箇所は一向に骨が埋まる様子が無い。
そのため、10月6日から、帝人セーフスという超音波を骨折箇所に当てて、骨の生成を促進させる機械をレンタルして、毎日20分自宅で超音波を当てる治療を行なうことにする。

この超音波を当てて骨折を治す機械は、あのベッカムもワールドカップ前に骨折したときにも使用したらしい。
この機械は13万円で、骨折して3ヶ月たたないと保険が適用されない。
ベッカムなどスポーツ選手は早く治さなくてはいけないため、13万円を払って購入して骨折当初から使用するが、お金持ちでない人間はそんなことはできない。 オイラの場合はまだ3ヶ月たってないが、今のペースでは3ヶ月たってもつかないので病院の先生が都合をつけてレンタルできることになった。 この機械を使えば早く治るかもとちょっと期待する。

10月28日に診察でレントゲンを撮る。
帝人セーフスを使用して3週間立つので期待するが、骨のつきは全く変わりなし。
これまでの治療は間違ってなかったのか、またいまのままの治療法でいいのかを調べるために、10月30日に別の病院に行く。
別の病院も、骨が曲がってくっついているわけではないし、特に手術は必要なかっただろう。帝人セーフスは医学的にも効果が実証されているので今のままの治療法でいいと思うとのこと。ちょっと一安心。

また、10月28日からは、厚手のサポーターを足首に巻き、左右からプラスチックのカバーをかぶせて足首を固定する義装具というものに変わり、松葉杖はなしで歩いてみようということになる。2ヶ月と10日間の松葉杖生活は長かった。


【3】 11月14日〜

11月18日に3週間ぶりの診察。帝人セーフスを使って1ヶ月と12日になるため、効果を期待してレントゲンを撮るが、
上の写真のように全くくっついておらず、愕然とする。足のむくみは相変わらずなかなか取れない。病院の先生も、こんなに腫れが引かないのはめずらしいとのこと。

8月17日から通院しているため、もう3ヶ月以上たっている。果たしていつ治るのだろうか。


(続く)


【骨折後、6ヶ月経過】

2006年2月16日(木)のレントゲン写真

3ヶ月経過写真 拡大
6ヶ月経過写真その1
6ヶ月経過写真その2
足の腫れは少しおさまった

 骨折して半年たった。
3ヶ月目と6ヶ月目の比較写真の通り、ほんの少し埋まってきた。腫れは以前に比べたらだいぶ引いてきたし、なんとか普通に近い形で歩けるようになってきた。

 ここまでの治療としては、行きつけのJ恵医大本院の診察はかなり適当で不信感を抱き、色んな病院で診てもらった。そして接骨院通いを行なう。この接骨院での治療はよくてJ恵医大本院の先公とは大違いだった。接骨院で言われたのは、なるべく足首を動かすようにしたほうがいいとのこと。骨折の箇所からいって、骨折した方向に足首を動かさなければ大丈夫だろうとのこと。J恵医大本院では全く何の説明もなくただレントゲン写真を見てオイラでも言えるような適当な気休めみたいなことを言われて終わりでどうしようもない診察だった。接骨院ではベットに寝転んで電気を通したりマッサージをするのだが気持ちよくて毎回寝てしまった。終わったあとはまるで温泉に入り終わったかのような心地よさだった。

 このような接骨院通いが巧を奏して何とかここまで治ってきたが、ここまで治るのに半年間なんとも言いがたい苦労があった。だが骨はまだ写真の通り完全に埋まっておらず、この先完全に埋まるかどうかもわからない。まだ足はむくむし、普通に走ることもできない。だが時がたてば治るものと思い希望を持って地道に治していきたいと思っている。


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